大判例

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横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)210号 判決

原告

金子マス

外二名

右三名訴訟代理人

後藤孝典

外六名

被告

横浜市

右代表者市長

細郷道一

被告

福島孝吉

右両名訴訟代理人

上村恵史

外三名

主文

一  被告横浜市は原告金子マスに対し金五、三〇〇万円、原告金子信治、同金子寛正の両名に対し各金二八〇万円宛及び右各金員に対する昭和四八年三月一〇日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告福島孝吉に対する請求及び被告横浜市に対するその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告福島孝吉との間に生じたものは全部原告らの負担とし、原告らと被告横浜市との間に生じたものは、それぞれこれを五分し、その一を各原告らの、その余を被告横浜市の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り(但し、原告金子マスについては金三、〇〇〇万円を限度として)、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告らは各自、原告金子マス(以下「原告マス」といい、その余の原告も同様表示する。)に対し金六、四三六万三、〇〇〇円、原告信治、同寛正の両名に対し各金五七五万円及び右各金員に対する昭和四八年三月一〇日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら(請求の趣旨に対する申立)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。〈以下、省略〉

理由

〈前略〉

一本件被害の発生

1  原告マスの入通院とキドラ等の投与

〈証拠〉によれば次の事実を認めることができる。

原告マスは、大正一二年四月二六日に生まれ、昭和二六年六月原告信治と婚姻、以降主婦業に専念してきたものであるが、昭和三七年一一月末頃妊娠していることが判明し、昭和三八年四月中頃医師の診断の結果尿蛋白が認められ、妊娠中毒症とされ、同年六月一七日原告寛正を出産したが、その後も尿蛋白が認められたので、同年九月一二日市大病院第一内科で受診したところ、腎炎と診断され(決定診断は慢性腎炎)、九月二五日から同年一一月一四日まで第一内科に入院して担当の河野医師から治療を受け、次いで昭和三九年一月九日から昭和四五年八月二七日まで第一内科に通院して右河野医師ほか多数の外来担当医(被告福島は除く。)から治療を受けた。その間の昭和三九年五月二五日原告マスは静養先の新潟県中頸郡大潟町の開業医の渡辺清秀医師のもとに右河野医師の依頼状持参で訪れ、同日から同年八月二一日までの間通院して治療を受けた。

原告マスは、右入院期間中の昭和三八年一〇月二三日から同年一一月一四日までの二三日間担当の河野医師から内服薬キドラ(一錠はオロチン酸クロロキン一〇〇ミリグラムより成る、クロロキン塩基部はその50.61パーセント)を一日三錠宛(計六九錠)、右通院期間中はキドラや内服薬CQC(一錠はコンドロイチン硫酸クロロキン一〇〇ミリグラムより成る。クロロキンはその13.76パーセント)を別表(三)のとおり(キドラ計七二一八錠、CQC計八四錠)投与され、昭和四五年二月まで服用した。その外に原告マスは、前記依頼状の処方に従つた渡辺医師により昭和三九年五月二五日から同年八月二一日までの八九日間キドラを一日六錠宛計五三四錠投与され服用した(原告マスは、これら投与量のほぼ全量を服用したものと推認できる。なお、原告マスの出生と婚姻の日、右のとおり原告マスが市大病院に入通院したこと、入院時の担当医が河野医師であつたこと、各薬剤の成分割合は当事者間に争いがない。投与期間・投与量についても概ね争いないけれども「連続的投与」か「断続的投与」かの争いがあるので、「ク」剤の数量についても認容した。)。

右のとおり認めることができ、かくして、原告マスは、昭和三八年一〇月二三日から昭和四五年二月までの約六年三か月の間、第一内科の医師ら(内数か月間は前記渡辺医師)の処方投与を受けて、キドラあるいはCQCを断続的な時期もありながら、継続して服用し、その総服用量はキドラ約七八〇グラム(内53.4グラムは右渡辺医師投与分)、CQC8.4グラムであり、クロロキン量に換算して合計約三九〇グラム(内約二七グラムは右渡辺医師投与分)に達した。

原告らは、「被告福島が昭和三八年一〇月一八日の教授回診の際、担当の河野医師に対し、原告マスにキドラを投与することを指示した。」旨主張し、原告マス本人尋問の結果中には右主張に副う部分があり、〈証拠〉によれば、右時期に被告福島による教授回診がなされたことが認められるが、〈証拠〉によれば、原告マスの担当の河野医師は患者に関し被告福島から意見を述べられたり、助言を受けたときは、その旨を診療録に記載することにしていたところ、〈証拠〉によれば原告マスの右入院時の診療録には原告ら主張の事実の記載がないこと、キドラの投与は昭和三八年一〇月二三日から始つているがこれは担当医による定時処方であることが認められ〈る。〉

2  原告マスの発病

(一) 〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。

原告マスは、前記キドラあるいはCQCの服用開始前には両眼とも裸視眼視力が1.2で眼障害の自覚症状は何らなかつたところ、昭和四四年秋頃から電灯が暗く感じられたり、昭和四五年二月に入つてから視力の低下や、夜になると物が見えにくくなるなどの視覚異常に気付き、同月六日市大病院の眼科を訪れ検診を受けたのであるが、同月一八日同科の田中助教授が「ク」網膜症の罹患を疑つたほか、担当医ではないがクロロキン眼障害に明るいということで同日協力を求められ、同年六月二五日まで原告マスを診察した同科の河田睦子医師も、原告マスの「ク」剤の内服期間・内服量を調査するとともに眼底、視力、視野、ERG、螢光眼底撮影等の諸検査の結果をみて、「ク」角膜症「ク」網膜症であると診断した(但し、原告マスが昭和四五年二月市大病院の眼科で「ク」網膜症と診断されたことは当事者間に争いがない。)。その後原告マスは同年一〇月一五日東京大学医学部附属病院の眼科で「ク」網膜症という症病名で治療を受け、次いで昭和四六年一一月一五日から昭和四七年一月二一日までの間、北里大学病院の眼科で受診し、眼底、視力、視野、ERG、眼電図(Erectro-Oculo-Gram以下「EOG」という。)、螢光眼底撮影等の諸検査を受けて、同科の向野和雄医師により「ク」網膜症との診断を下され、その後も、同年一〇月一二日に金沢眼科医院の宮崎達也医師により、昭和五一年四月三〇日に順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科の丹羽康雄医師により、同年五月一二日と昭和五二年三月一一日に東京医科歯科大学医学部附属病院眼科の林一彦医師によりそれぞれ同様「ク」網膜症と診断がなされた。

(二) 原告マスの眼症状の経過については、〈証拠〉により次のとおりであることが認められる。すなわち、昭和四五年二月六日から同年一〇月六日までの間における市大病院眼科の検査では眼底にいわゆるブルズ・アイ(診療録にある「チエリー・レツド」とはブルズ・アイを意味したものと認められる。)、網膜のびまん性混濁、網膜動脈の狭窄化などが認められ、視野に輪状暗点(進行性)があり、視力は当初両眼とも0.7程度(但し、矯正不能)であつたものが、逐次低下し、右眼0.4、左眼0.2(ともに矯正不能)にまで低下した。昭和四六年一一月一五日から昭和四七年一月二七日までの間における前記北里大病院における向野医師の検査では眼底に視神経乳頭の軽度萎縮(褪色)、黄斑部の色調のむらが、螢光眼底写真によるとブルズ・アイが認められるとともに視野に中心暗点が認められ、視力は右眼0.2、左眼0.1(ともに矯正不能)となつた。昭和四八年一月六日の東京医科歯科大学眼科の笠井博医師の検査では両眼とも中心視力―明暗(暗室に明りをつけて、明るいか、暗いか識別できる程度の視力)、周辺視力―眼前四〇センチメートル指数(眼前四〇センチメートルの位置で指を見せて本数を識別できる程度の視力)となり、この頃には日常の家事をすることができない状況になつた。昭和五一年四月の前記順天堂大学病院における丹羽医師の検査では視野に一〇ないし三〇度の中心暗点が認められ、ERGはほぼ反応がなく暗順応の障害があり、視力は右眼二〇センチメートルの手動弁(眼前二〇センチメートルの位置で手を動かしてその動きを認識できる程度の視力)・左眼三〇センチメートルの手動弁(ともに矯正不能)であつた。昭和五二年二〜三月の前記医師の検査では視野は広範な中心部絶対暗点が認められ、暗順応、EOGは右暗点のため検査不能の状態であり、ERGは両眼とも陰性波(a波)・陽性波(b波)の振幅の低下、律動様小波の消失を示し(このERGの結果により網膜の広範な障害が考えられる。)、視力が両眼とも三〇センチメートル手動弁であつた。

(三) 原告マスが、被告市から両眼「ク」網膜症ということで、昭和四七年四月七日身体障害者手帳第一種二級の交付を受け、昭和五一年一二月二五日全盲として一級に等級変更されたことは当事者間に争いがない。

3  「ク」網膜症

(一) キドラあるいはCQCは、いわゆる「ク」剤の一つであるが、その成分、一錠中のクロロキン含有量は前記1のとおりであり、クロロキンの網膜への作用機序はいまだ充分解明されていないが、「ク」剤をある程度以上服用すると、「ク」網膜症と呼ばれる網膜障害の発生することがあることは後記認定の事実から明らかである(なお、キドラ・CQCの服用により「ク」網膜症の発生があり得ることは、現在の一般論として被告らも認めているところである。)。

(二)(1) 「ク」網膜症の症状(病像)が、原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、その性質及び発生率(発生頻度)については〈証拠〉によれば次のとおり認められる。

「ク」網膜症における網膜障害は、極めて初期においては可逆的で「ク」剤の服用を中止することによつて消失するが、右時期を経過すると非可逆的で、右服用中止後も改善されないか、又は進行する(右後者の場合において有効な治療法は確立していない。そこで「ク」剤を投与する場合には三ないし六か月ごとの定期的な眼科検査により早期に発見すべきであると警告する者が多い。)。

発生率(発生頻度)は、報告書によつて異なり、0.34パーセントから36パーセントにわたつて区々であるが、東京大学附属病院診療内科通院中の「ク」剤服用者一〇三例の統計的観察をした同病院眼科の井上治郎医師らは、1ないし1.9パーセントとし、このように報告者によつて発生率が異なる原因は、報告者により調査対象者の内服期間、総内服量、一日の内服量などに差があること、「ク」網膜症の早期診断が難しいこと(「同症の疑い」という症例を加えるかどうかで発生率が変つてくる。)の二つであろうと指摘される。

(2) 「ク」剤の一日の服用量、服用期間又は総服用量と「ク」網膜症の発生及び障害の程度との相関関係は判然しないが、「ク」網膜症の報告例はこれをキドラについて見ると次のとおり服用期間二年以上、総服用量二〇〇グラム以上というような長期間にわたつて大量に服用したものが大半を占めている。

つまり、国内におけるキドラ服用による「ク」網膜症罹患の報告例について、その一日服用量、服用期間、総服用量をみると、次のとおりであると認められる(各証拠は各括孤内のとおり。)。すなわち、一日三〇〇ミリグラムを七九日間あるいは九九日間(甲第六八号証)、一日三〇〇ミリグラムを一年六か月間(総量約二〇〇グラム。乙第一〇号証)、一日三〇〇ミリグラムを二年間(総量約二〇〇グラム。乙第六九号証の一)、一日三〇〇ないし四〇〇ミリグラムを約二年間(総量約二五〇グラム。甲第二一号証)、一日三〇〇ミリグラムを約二年八か月(総量約二九〇グラム。甲第六一号証・同第六七号証)、一日六〇〇ミリグラムを約三年間(総量約三〇〇グラム。乙第一〇号証)、約二年半の間(総量約三一六グラム。甲第七九号証・同第八〇号証)、一日二〇〇ないし三〇〇ミリグラムを二年一〇か月間(総量約三二〇グラム。甲四〇号証)、キドラ約三年間(総量三五〇グラム。乙第一〇号証)、一日三〇〇ないし六〇〇ミリグラムを約七年間(総量約七〇〇グラム。甲第八六号証)、一日五〇〇ミリグラムを三年間(総量約五八〇グラム。乙第七二号証)、一日三〇〇ミリグラムを約七年間(総量約七〇〇グラム。乙第一〇号証)。

4  原告マスの眼症状(前記2(二))は「ク」網膜症であるかどうかについて(因果関係)。

〈証拠〉によると、原告マスの母(明治三三年一月二二日生)は、視力が右眼0.6、左眼0.7(いずれも矯正不能)で老人性白内障兼慢性結膜炎に罹患していることが認められるのであるが、これは遺伝性の眼疾患ではないし、原告マスの兄弟妹及び子(原告寛正)はいずれも正常視力を有していることも認められ、原告マスに遺伝性の眼疾患があることは窺われない。甲第一一五証(原告マスの昭和四五年の眼科診療録)中には原告マスの母が緑内障であるとする部分があるが、甲第一二二号証の一(同人に関する眼科医笹川禮子医師作成の昭和五二年一月三一日付証明書)に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(甲第一一五号証の右部分は原告マスの問診の際に記載されたものであるので、同人が母親の病名を誤まつた可能性がある。)。

原告マスは、第一内科の処方により「ク」剤の一つであるキドラの服用を始める以前は正常の視力を有し眼障害の自覚症状はなかつた。キドラなどの「ク」剤をある程度以上服用すると、「ク」網膜症が発生することがある。原告マスは、一日三〇〇ないし六〇〇ミリグラムのキドラを約六年三か月の間(投与総量約七八〇グラム。ほかにCQCを総量8.4グラム。)服用したのであるが、前記3(二)(2)の症例に照らして「ク」綱膜症発生の可能性がある。原告マスの前記2(二)認定の眼症状の経過は「ク」網膜症の症状・性質等に矛盾しない。

後記のとおり昭和四五年当時別表(一)(二)のような内外の諸論文などが公表されていたこと及び証人河田睦子の証言によると昭和四五年当時眼科医に「ク」網膜症の症状(病像)、鑑別のための検査法などについての知見が普及していたと推認されるところ、原告マスは、前記2(一)のとおり昭和四五年二月から昭和五二年三月一一日の間異なる数人の眼科医(うち一人を除いて大学病院眼科の医師)により「ク」網膜症と診断された。

以上の事実を総合すると、原告マスの眼症状は原告ら主張のとおり「ク」網膜症であると認めるのが相当である。

そして、原告マスは、第一内科の医師らによつて処方・投与された「ク」剤であるキドラ、CQCを前記1のとおり継続服用したことにより「ク」網膜症に罹患し、前記2(二)(三)のような重篤かつ回復不能な眼障害の被害を受けたものと認められる。

被告らは、「原告マスは、「ク」網膜症以外の網膜変性疾患である可能性がある。」旨主張するが、〈証拠〉によると、被告ら主張の疾患のうち、網膜色素変性の症状には「ク」網膜症のそれとよく似ているものもあるけれども、眼科医は診断に際し両者の鑑別を念頭に置くし、その鑑別も可能であることが認められ、また乙第六九号証の一、前記2(二)、3(二)(1)の各事実及び弁論の全趣旨によると、いわゆるブルズ・アイは「ク」網膜症のきわだつた特徴であるが、網膜色素変性では殆んどみられないところ、原告マスにはブルズ・アイの存したことが認められ、以上の事実に「ク」網膜症の知見が普及した後、時期を異にして、異なる数人の眼科医が原告マスを「ク」網膜症と診断していることなどを併せ考えると、右眼科医らの診断が誤りである疑いは殆んどなく、被告らの前記主張は採用しないこととする。

被告らは、「原告マスの眼症状は、第一内科の医師らが投与した薬剤以外の薬剤の服用、その他の原因によるものである。」旨主張するが、本件全証拠によるも、原告マスが当時第一内科の医師ら(あるいは同医師らから処方を依頼された前記渡辺医師)により投与された薬剤以外の薬剤を服用していたことを認めることができないので、被告らの右主張は理由がない。

二被告らの責任

1  被告福島を含む第一内科医師らの投薬医としての過失について。

(一)  医薬品投与の注意義務

医薬品には有効性(主作用)の反面、常に何らかの有害作用(服作用)が、ときには重篤な副作用さえも伴うものであることは、弁論の全趣旨によって認められるところであるから、医薬品を投与するにあたつては、当該医薬品の副作用の有無・内容・程度について認識・予見する必要がある。従つて、ある疾患治療のために、個別的・具体的な患者に医薬品を投与する医師としては、まず当該医薬品の副作用について注意を払い、もしも、これにより看過できない副作用発生の可能性の疑いを抱いたときは、さらに調査をして当該医薬品の副作用の有無・内容・程度を確認する義務があるものであり、そして、右予見義務の履行により当該医薬品に関する重篤な副作用の発現(重篤な障害の発生)の可能性を把握することができたときは、患者の症状・健康状態に応じ、当該国薬品の投与を中止したり、他の安全な方途に切替るなどの措置を講じて、かかる障害が患者に発現することを未然に防止する注意義務(結果回避義務)がある。とくに開発されて間もない医薬品を長期間にわたり大量に投与する場合には、副作用発生の危険性が高くなるのであるから、当該医薬品の副作用についてより慎重に注意を払う義務があるものである。

ところで、大学医学部附属病院は一般開業医などに比べて手軽に閲覧しうる文献の質や量において優り、また学会・医局などを通じて他の医師と接触し、研鑚したり医薬品の評価を聞知する機会や診療に関し、他の領域の医師と接触・協力する機会もあり、医薬品の副作用に関する情報を容易に入手することができる環境にある(このことは証人丸茂文昭の証言によつても窺知される。)のであるから、大学病院の医師は一般開業医などよりも医薬品の副作用について高度の予見義務があるというべきである。

従つて、第一内科の医師としては製薬企業の作成した医薬品の能書(添付文書)、薬務行政上の措置などだけでなく、医学雑誌、学会の動向などを通じて投与している個別的医薬品の副作用について具体的患者との関係において常時注意を払う義務がある。

(二) キドラ(「ク」剤)と慢性腎炎

(1) 〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。

昭和九年(一九三四年)ドイツのアンデルザークらによりクロロキン化合物(2リン酸クロロキン)が合成され、これは外国において、初め第二次大戦中に抗マラリア剤として使用された。その後、外国において各種の「ク」剤(クロロキンとリン酸、塩酸、硫酸などのいずれか一つとを結合したクロロキン化合物)は紅斑性狼蒼(エリテマトーデス)、リウマチ様関節炎などの治療のためにも用いられてきたが、腎疾患とくに慢性腎炎の治療薬として用いられたという報告は殆んどない。

キドラは、クロロキンとオロチン酸とを合成した「ク」剤の一つで訴外小野薬品工業株式会社の製造にかかる旧薬事法(昭和二三年法律第一九七号)二条五項所定の「新医薬品」(その化学構造式、組成又は適応が一般には知られていない医薬品)であるが、昭和三五年一二月一七日同法二六条に基づき厚生大臣により製造が許可され、昭和三六年一月二〇日から普通薬として発売された(なお、現行薬事法は昭和三五年八月一〇日公布、昭和三六年二月一日施行)。

キドラの能書には、「適応性」(効能)として「腎疾患とくに慢性腎炎」(途中から妊娠腎((妊娠中毒症))、エリテマトーデス、リウマチ様関節炎などが追加された。)と、特徴として、「腎疾患では、腎機能が賦活、改善され、尿蛋白の消失、減少が顕著、A/G(血清蛋白であるアルブミンとグロブリンとの比)の改善、尿沈渣中の赤血球の減少をもたらし、尿量が増加する。」(なお、昭和四七年五月から右特徴部分は欠落している。)とそれぞれ記載してある。

(2) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

昭和四一〜二年頃までに医学雑誌に発表されたキドラが腎炎に有効であるとの論文等は証拠として提出されたものに限ると、昭和三六年、同三七年に合計三編あり、そこでは副作用はないとするか、食欲不振、悪心、腹部膨満感等の胃腸症状を挙げるものの軽度で心配のないものとしているが、投与期間は最長六か月、一日投与量は三〇〇ミリグラムであつた。これを「ク」剤全体について検討してみても、昭和三三年一二月発行の「総合臨床」誌上で、神戸医科大学辻昇三教授によりレゾヒンあるいはアラーレン(いずれもリン酸クロロキン)が腎炎に有効であるとの症例報告がなされて以来、昭和四一〜二年頃までに各種の医学雑誌、製薬企業発行の臨床治験集等に大なり小なり「ク」剤の有効性を認める論文、報告が多数発表され、そこでは副作用はないとするか、前記胃腸症状のほか頭痛、不眠、眩暈等の神経症状を挙げるものの、いずれも軽い一過性のものであるとしているが、投与期間は六か月を超し一年四か月以下で実験したという数例(乙第七号証の七の一)を除き、皆六か月以下であつた。

しかも、「ク」剤が腎炎に対する治療効果をもつとされる以前、腎炎の治療法として種々のものが報告されていたものの、安静、保温、食餌療法のほかには適確かつ本質的な治療法は未だ確立されていない状況にあつた。

(3) 右各事実及び前記一1の事実によると、昭和四二年三月当時(後記「ク」網膜症の予見可能時)も、キドラは慢性腎炎の治療薬としての開発・販売されて六年余であるため、未だ専門家の多年にわたる研究がなされておらず、ある一定の期間(少なくとも一年五か月以上)投与しても重篤な副作用は発生しないという見解が確立していた訳ではなかつた(却つて、後記のとおり「ク」網膜症に関する多数の論文・報告が存在していた。)にも拘らず、既に、この時期において第一内科の医師らは原告マスに対し投与開始後三年余にわたつて別表(三)(退院後の分の投与だけでも)のとおり「ク」剤を投与していた状況にあつたことが明らかである。

(三) 「ク」網膜症の予見可能性

(1) 別表(一)の書証番号欄記載の各書証と〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

「ク」剤による眼症状ないし眼障害は昭和二三年(一九四八年)以来外国文献において報告されていたが、昭和三三年(一九五八年)六月「THE LANCET」誌上に「ク」剤服用により角膜障害が惹起されるとする最初の論文(別表(一)の6)がホツブスらにより発表され、さらに翌年一〇月には同誌上に「ク」剤服用により網膜障害が惹起されるとする最初の論文(別表(一)の11)が同人らにより発表されるに至つた。クロロキン眼障害に関する論文を登載した文献は眼科系の専門誌に多いが、一般的な臨床医学の総合雑誌(わが国の大学医学部附属病院の医局医師の間でもかなり読まれている。)であるTHE LANCET, THE JOUR-NAL OF THE AMERICAN MEDI-CAL ASSOCIATION(JAMA), The Neu England Journal of Medicine誌上にも昭和四〇年までに合計一〇余の論文が公表されている(証拠として提出された外国論文は別表(一)のとおり。)。例えば、

別表(一)の11(前記ホツブスらの後者の論文、昭和三四年一〇月発表)はホツブスらが「ク」剤による治療を受けていた患者三名について重篤の非可逆的な網膜変性を詳細に観察し、三症例における重要な共通した症状は黄斑部障害、網膜血管の狭細化とそれがひきおこす暗点、視野欠損であるとし、かかる網膜症はクロロキン化合物により惹起されると結論し、「ク」剤の使用期間の短縮と定期的な眼科検査を提言している。

別表(一)の31(昭和三八年六月頃発表)は総説であつて「ク」剤(リン酸クロロキン)を種々の慢性疾患の治療のために大量に使用するようになつてから重篤な障害すなわち「ク」網膜症が発生するようになつたとし、医師は「ク」剤の長期大量投与後の網膜障害の可能性に対して警戒しなければならないと警告している。

別表(一)の32(昭和三八年八月発表)それまでの「ク」角膜症・同網膜症の報告をふまえて、一つの病院で合成抗マラリア剤(「ク」剤など)療法を受けていた五六人の患者について長期間にわたつて眼所見を観察した結果の報告などであるが、その中で「ク」網膜症六例(うち一例は可逆的であつた。)について症例報告をなすとともに「ク」剤服用者四五名中六ないし八名(一三ないし一八パーセント)に網膜症がみられたが、同症発生の大きな要因は「ク」剤の長期にわたる大量の服用にあり、初期の自覚症状のない段階では可逆的であると結論している。

別表(一)の45(昭和三九年二月発表)は注解であつて、それまでに公表された「ク」網膜症に関する論文(別表(一)の5、10、13、15、16、22〜25、27、33、39等二六編)に基づきその症状、性質、発生率、発生要因、治療法などについて注釈している。

(2) 別表(二)の書証番号欄記載の各書証と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

一方、国内における「ク」剤による眼障害に関する報告例としては昭和三七年一〇月慶応義塾大学医学部眼科教室の中野彊医師らが「眼科臨床医報」誌上に発表した「ク」網膜症に関する論文(別表(二)の1)が最初であり、その後原告マスが昭和四五年二月キドラの服用を中止するまでの間にクロロキキン眼障害に関する論文などは主に眼科関係の専門雑誌に登載されてきたが、昭和三九年末からは内科関係の雑誌(「日本内科学会雑誌」、「内科」、「診断と治療」、「最新医学」など)や内科でも診療の対象とする疾患〈証拠〉によると、リウマチ、エリテマトーデスは内科でも診療するし、内科医もリウマチ学会の構成員になつていることが認められる。)関係の雑誌(「リウマチ」、「整形外科」、「皮膚科の臨床」など)にも登載されるようになり、昭和四一年までのこのような論文・報告は合計一〇編に及んでいる(なお、証拠として提出された国内論文等は別表(二)のとおり。)。以下重要なものについて説明する。

別表(二)の1(前記中野彊医師らの論文。昭和三七年発表・眼科の専門誌)は一例ではあるが慢性円板状エリテマトーデスの治療により発生した「ク」網膜症の所見について詳細に記述したうえ、別表(一)の4、9、10、13、18、22の各外国論文を引用して網膜症の発生要因・発生頻度・眼所見・成因・治療法を説明し、「ク」剤の長期連用に警告を発している。

別表(二)の8(昭和三八年発表・眼科の専門誌)は、東邦大学医学部眼科の大木寿子医師が慢性腎炎、リウマチ治療により発生した「ク」網膜症あるいは同角膜症の三症例の症状について詳細に記述したうえ、別表(一)の7、8、11〜13、22、23、26、28等の外国論文を引用して「ク」網膜症・同角膜症の症状・性質について説明している。

別表(二)の13(昭和三九年発表・眼科の専門誌)は、金沢大学眼科の倉知与志医師らが経験したリウマチ様関節炎、エリテマーデスあるいはてんかん治療により発生した「ク」網膜症三例を報告したうえ、別表(一)の2、5、7、11、13、18、21、26、28、38、39、42、46等の外国論文を引用して「ク」剤の長期間連用による網膜症発生の危険について警告し、定期的な眼科的検査による同症の発生予防、早期発見について提言している。

別表(二)の19(昭和四〇年発表・眼科の専門誌)は、本件と同様に慢性腎炎治療のためにキドラを内服したことにより発生した「ク」角膜症・同網膜症の一症例について所見を詳細に記述し、併せて右疾患について総括している。

別表(二)の26(昭和四〇年九月発行・眼科の専門誌)、41(昭和四一年五月発行・眼科の専門誌)は、東京大学医学部附属病院の井上治郎医師らが同病院物療内科に通院中の「ク」剤服用者一〇三名を対象にクロロキン眼障害の統計的観察をした結果報告(一〇〇例以上を対象とする統計的観察としてはわが国最初のもので、昭和四二年三月一七日「ク」剤が劇薬指定された際、参考資料となつた。)であるが右26は角膜症について、右41は網膜症について、それぞれ症状、発生率、発生要因などを詳細に記述したものである。そして右41は網膜症が一〇三例中二例(1.9パーセント。疑しい一例を除くと一パーセント)に見出されたとし、この程度に網膜症が発生することを予想すべきであると提言している。

別表(二)の31(昭和四〇年一月発表。この雑誌は専門家による診療についての解説(総説)を主とする内科関係の商業誌であるが医師の間で愛読されていて、第一内科でも新刊のごとに購入していることが弁論の全趣旨により認められる。)は、東北大学医学部附属病院鳴子分院内科・同学部温泉医学研究所の杉山尚教授らが「ク」剤などの抗リウマチ剤の副作用の一つとしてクロロキン眼障害をとりあげ、別表(一)の6、7、11、13、37、39、47、49等の外国論文を引用してクロロキン網膜症の症状、性質、早期診断法、発生率を説明するとともに、自己の調査によるキドラ、レゾヒン服用者三〇例中角膜症一例、網膜症二例が発生したとし、クロロキン療法にあたつては長期大量の服用を避け、定期的な眼科的検査をして早期発見に努めるよう提唱している。

別表(二)の17、18(昭和四〇年六月発表。日本内科学会の抄録記事((わが国の内科の雑誌における最初の症例報告))。この雑誌は同学会機関誌である。)のうち、右17は、岡山大学内科の木村郁郎医師らが、クロロキン療法中の気管支喘息患者に副作用として眼症状(眼底の変性)が発現したとするとともに、その原因(「ク」網膜症かどうかも含めて)を検討中であるというものであり、特に右18は中電病院内科の三谷登医師らが慢性関節リウマチの治療により発生した網膜症一例の症状(視野狭窄、網膜動脈の狭細化など)・性質(不可逆性)について記述しリン酸クロロキン長期連用例の約三パーセントに網膜症が発生するといわれているとし、その長期連用時には定期的な眼科的眼検査が必要であると警告している。別表(二)の45(昭和四一年五月発表。内科学会地方会の抄録記事)も前記杉山尚教授らが、キドラ、レゾヒン長期継続服用のリウマチ性疾患三七例中初期の「ク」網膜症が三例(8.1パーセント)に認められたとし、右18と同様の警告をしている。

別表(二)の32、33(昭和四一年六月発表。この雑誌は日本リウマチ協会機関誌である。)は、東京大学医学部附属病院物療内科の間得之医師が「ク」網膜症について言及し、その症例が世界で一〇〇例以上、わが国で一三例以上数えられており、注意を喚起したいとし、文献として別表(一)の13、26、37などを挙げている。同時にクロロキン眼障害に関する熊本大学整形外科の木村千仭講師ら(別表(二)46の論文の要旨)と前記杉山尚教授らの各報告がある(これら三編は昭和四〇年の第九回日本リウマチ学会総会の講演抄録等である。)。

別表(二)の46(昭和四一年六月発行)は、前記木村千仭講師らが熊本大学医学部附属病院整形外科の患者で「ク」剤の服用者一〇六名を対象に眼障害を検索し、主に「ク」角膜症について記述するとともに「ク」網膜症の症状、性質について簡明に触れている。

別表(二)の16(昭和三九年一二月発表。特集〈医療による疾患対策〉の一つ。この雑誌も専門家による診療についての解説を主とする内科関係の商業誌であるが医師の間で愛読されており、第一内科でも新刊ごとに購入していることが弁論の全趣旨により認められる。)は、名古屋大学の加藤洋医師がある症状(群)とその原因となりうる薬物について記述したものであるが、視覚障害の項目下にクロロキンを掲げ、「長期使用例で霧視、虹輪、暗点、視野狭窄、網膜動脈収縮、網膜浮腫、乳頭や黄斑の萎縮等を生ずる。マラリア治療の際には副作用は軽いが、エリテマーデスや関節ロイマの治療では副作用が多く重篤である。」としている。

別表(二)の49(昭和四二年五月発表。特集〈現代の薬物療法〉の一つ)は、新潟大学木下内科の木下康民教授らが、「ク」剤を長期投与することによつて網膜症をきたした例を報告している人(別表(一)の16外一の外国論文を引用)もあり、同内科でも経験していると記述している。

別表(二)の50(昭和四二年一〇月発表。この雑誌も専門家による診療についての解説を主とする内科関係の商業誌であるが、医師の間で愛読されていて、第一内科でも新刊ごとに購入していることが弁論の全趣旨により認められる。)は、前記杉山尚教授らがわが国において既に報告されたクロロキン眼障害の症例は網膜症二七例、角膜症七三例に達したと指摘するとともに六〇を超えるクロロキン眼障害に関する国内・国外の文献(別表(一)(二)の大部分)を挙げ、これを引用して網膜症と角膜症に分けて症状、発生率、発生要因について概説し、さらに網膜症もごく初期のものであれば可逆的であり(自己の経験した三症例を紹介)、クロロキン療法にあたつては定期的な眼科的検査による早期発見が重要であると結論づけている。

別表(二)の48(昭和四一年六月一日発行。この論文は皮膚疾患の臨床医家のために執筆されたものである。)は、虎の門病院眼科の茂木劼、前記井上治郎の両医師が別表(一)の6、7、11、13、32、37、39、43、49、54、別表(二)の1、5、8、10、11、19、20、22、26、41など合計三一の国内外の論文を引用しつつ、クロロキンによる眼障害を角膜症と網膜症とに分けて、症状、発生率、発生要因(内服期間・内服量との関係)などについて詳細に解説し、網膜症は非可逆的で重篤な視力、視野の障害を起こすと指摘し、定期的に眼科的検査をして異常があれば直ちに投与を中止することが必要であると警告し、あるいは「ク」剤の使用を抑制するよう要望している。

(3) 〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

「今日の治療指針」という書物は、各疾患ごとにその疾患の専門家が行なつている治療法を集成した治療書であるが、多くの医師が最新刊を常備し利用していて、第一内科の備え付け図書でもあつたものである。なお、どちらかといえば、リウマチは整形外科の、エリテマトーデスは皮膚科の疾患であるが、内科でも診療するものである。

ところで、「今日の治療指針」の慢性糸球体腎炎あるいは慢性腎炎の項には昭和三七年版(同年五月発行)から昭和四一年版(同年六月発行)までは潜伏型慢性腎炎の治療薬として「ク」剤が「多くを期待し難いが規則的生活を守らしめるために」とか「尿蛋白に対しときに有効であるが多くを期待できない」とか「尿蛋白の消失につき効果は不適確であるが」とされつつも掲げられており副作用についての記載はないが、昭和四二年版(同年六月発行)以降は「ク」剤は治療薬として掲げられていない(特に同年版は「期待すべき薬剤はない。」としている。)。

一方、昭和三六年版のリウマチ様関節炎の項と昭和三七年版のエリテマトーデスの項に「ク」剤(レゾヒンなど)の副作用として軽度の視力障害がおきることがあるとの記載がある。しかし、昭和三九年版になると、円板状エリテマトーデスの項に「ク」剤(キドラレゾヒンなど)の副作用として目のかすみ、視野狭窄などの視力障害があるとの記載があり、昭和四一年版になると強皮症、慢性関節リウマチ、慢性円板状エリテマトーデスの各項に「ク」剤(キドラ、CQC、レゾヒンなど)の副作用として角膜障害・網膜障害などの眼障害が発生することがあるとの記載が、中でも慢性円板状エリテマトーデスの項には右に加えて角膜障害・網膜障害の症状・性質などについての詳細な記載(網膜障害の症状として視野狭窄、暗点の出現、網膜小動脈の狭窄など、性質として非可逆性)がある、さらに、昭和四二年版の慢性円板状エリテマトーデスの項には、昭和四一年版と同一内容の記載に引続いて、定期的に眼科的検査を行なう必要があるとの記載がある。

(4) 〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

昭和三九年(と推測される)の日本内科学会中国四国地方会において前記三谷登医師らと木村郁郎医師らとがクロロキン眼障害に関する報告(別表(二)の17、18)をなし、次いで昭和四〇年(と推測される)の同学会関東地方会においても前記杉山尚教授らが「ク」網膜症に関する報告(別表(二)の45)をなした。

昭和三九年の第八回日本リウマチ学会総会において「ク」剤などの抗マラリア剤に関するシンポジウムが開催され、前紀杉山尚教授ら(別表(二)の31参照)がクロロキンによる眼障害について報告し、出席者によりそれについて討論がなされ、次いで昭和四〇年の第九回同総会においても前記間得之医師が前記内容(別表(二)の32)の講演を、前記木村千仭講師ら及び杉山教授らが前記内容(同33)の各報告をなし出席者により討論がなされた。

(5) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

「日本整形外科学会雑誌」(同学会機関誌)昭和三八年五月号、「日本腎臓学会誌」(同学会機関誌)同年四月号、「リウマチ」(日本リウマチ協会機関誌)同年九月号・昭和三九年二月号、「診療」同年六月号・同年八月号、「リウマチ」昭和四一年第六巻附録にそれぞれ掲載されたリウマチ・腎臓疾患治療剤と銘うつたCQCの広告中に「従来の『ク』剤では副作用として稀に網膜障害が現われる。」と記載されている。

昭和四三年六月発行の厚生省推薦「腎臓病の百科」―家庭の医学百科シリーズ8には「ク」剤による副作用として網膜障害を指摘し、定期的な眼科的検査を勧める記述がある。従つて、この時期にはすでに「ク」網膜症の存在は家庭医学の知識にさえなつた。

(6) 薬務行政

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

「ク」剤は、その連用により角膜障害・網膜障害等の眼障害があらわれることがある(別表(二)の26、41が参考資料とされた。)ことを理由に、昭和四二年三月一七日薬事法施行規則の一部を改正する省令(昭和四二年厚生省令第八号)をもつて劇薬に指定され、同年九月一七日から施行されたが、右指定は「ク」剤使用時の医師の注意を喚起することを目的としたものである。

同時に同年三月一七日厚生省告示の一部改正が行なわれ、「ク」剤は要指示医薬品(医師の処方箋又は指示によらなければ購入することができない医薬品)に指定され、同年九月一七日から施行されたが、右指定は「ク」剤の副作用が強いことから、一般大衆がこれを購入・服用することにより副作用が発生することの防止を目的としたものである。

厚生省薬務局長は、昭和四四年一二月二三日薬発第九九九号をもつて各都道府県知事に対し、「『本剤(ク)剤の連用により、角膜障害、網膜障害等が……あらわれることがあるので、観察を十分に行ない異常が認められた場合には投与を中止すること』という『ク』剤使用上の注意事項を定めたので、各都道府県において、右注意事項を記載した文書を添付して販売するよう管下の医薬品製造業者らを指導するとともに関係各方面に右注意事項を周知徹底することを求める。」旨の通達を出した。神奈川県衛生部長は、昭和四五年二月五日薬第一九六六号をもつて医師会、病院協会などに対し、右厚生省薬務局長通達(ク剤使用上の注意事項)を会員に周知徹底するよう通達した(なお、厚生省が昭和四二年三月一七日薬事法施行規則及び厚生省告示の一部改正(同年九月一七日施行)により「ク」剤を劇薬・要指示薬に指定したこと、昭和四四年一二月二三日には右薬務局長通達が発せられたことは当事者間に争いがない。)。

(7) キドラの能書(添付文書)

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

キドラが発売された昭和三六年当時の製薬会社作成の能書の〔薬理〕の項には、同剤について「毒性は少なく……、実用上は無害と考えられる安全性を有する。」旨の、〔用法・用量〕の項には、「疾患(慢性腎炎)の性質上長期連用がのぞましく、服用中は断続的使用を避け、必ず規則正しい服用が必要である。」旨の記載がある一方、眼障害の記載がなかつたこと、昭和四二年五月の改訂によつて、右能書の商品名のところに「((劇))(劇性が強いものとして厚生大臣の指定した医薬品((劇薬))であることを意味する。)」という表示及び〔用法・用量〕の項に「本剤を長期に使用する際は定期的に眼症状の検査を行なうことが望ましい。」という記載が一行加えられ、昭和四五年三月の改訂によつて、右能書の〔薬理〕の項から「実用上は無害と考えられる(安全性を有する。)。」との部分が削除され、〔用法・用量〕の項に「本剤は医師等の処方せん・指示により使用すること」という注意事項が加えられ、同時に「使用上の注意(薬事法五二条の一号)」の項が設けられ、「本剤の連用により、角膜障害、網膜障害等の眼障害が……あらわれることがあるので観察を十分に行ない、異常が認められた場合には投与を中止すること」という事項が記載されるに至つた。

(8) 原告らは「原告マスに対するキドラの投与が開始された昭和三八年一〇月の時点において、被告福島を含む第一内科の医師らは「ク」網膜症の存在を知ることができた。」旨主張するが、当時は外国のものでは内科にも関係ある一般的な臨床の総合雑誌に登載された数編の論文はあつたが、国内のものでは内科とは関係のない雑誌に九編(うち八編は眼科関係の専門誌)の論文や報告があるにすぎなかつたのであるから、前記(二)(3)の事情から第一内科の医師らに前記(一)の義務がより厳しく課せられることを考慮に入れても、原告らの右主張を認めることはできない。

しかし、右(1)ないし(7)の事実によると、昭和四〇年までに発行された外国の一般的な臨床の総合雑誌(国内の大学医学部附属病院の医局の医師の間でも読まれていた。)に一〇余編のクロロキン眼障害―網膜症など―に関する論文が登載されていること、国内の雑誌においても昭和三七年から昭和四一年までに発行された眼科関係の専門雑誌に多数の論文、報告があつただけでなく、昭和三九年末から昭和四一年までに発行された内科関係の雑誌(「日本内科学会雑誌」は同学会機関誌であり、「内科」、「診断と治療」は第一内科でも新刊を常備している。)に六編の論文、報告が、内科でも診療する疾患関係の雑誌にも四編の論文、報告が登載されていること、「今日の治療指針」(第一内科常備の治療学書。エリテマトーデス、リウマチ内科でも診療する。)の慢性腎炎の項には治療薬として昭和四一年版までは「ク」剤が一応挙げられていたが昭和四二年版からは挙げられていないし、昭和三九、同四一、同四二年版の各(慢性)円板状エリテマトーデス、関節リウマチ等の各項に「ク」網膜症に関する記載があること、昭和三九年、同四〇年の日本内科学会地方会、日本リウマチ学会総会(内科医も構成員)においてクロロキン眼障害―網膜症などについて討論がなされたこと、「ク」剤は昭和四二年三月一七日副作用として「ク」網膜症などの眼障害が発現することを理由に薬事法の施行規則の一部を改正する省令により劇薬に、厚生省告示の一部改正により要指示医薬品にそれぞれ指定され、次いで同年五月キドラの能書が改訂され、劇薬である旨の表示や「長期使用の際は定期的な眼症状の検査を行なうことが望ましい。」という事項が加えられた(これらのことは、それ以前から「ク」剤の危険性の認識が医療関係者の間に相当程度に浸透していたことを推測させる。)こと、昭和四三年六月頃からは「ク」網膜症の存在は家庭医学の知識にさえ普及するに至つていたこと、少なくとも眼科領域においては「ク」網膜症が失明に至ることもある重篤な眼障害であることは昭和四二年三月までには既に確立していたことなどが認められる。

これらの事情のもとで、前記(二)(3)の事情から前記(一)の医薬品投与の際の注意義務が課せられることを考慮すると第一内科の医師らは、大学医学部附属病院内科の医師が医薬品を投与するにあたつて要求される前記(一)の予見義務を履行すれば、「ク」剤が前記のとおり劇薬、要指示薬に指定された昭和四二年三月頃には、キドラの長期大量の服用により副作用として重篤な眼障害(「ク」網膜症)が発生することがあることを把握することができた。換言すれば「ク」網膜症発生の予見が可能であつたというべきである。徒つて、第一内科の医師らは、当時の原告マスの症状、健康状態に応じ、投薬を中止するなどの措置を講じてかかる重篤な障害が原告マスに発現することを未然に防止すべき義務があつたものと認めるのを相当とする。

(四)  そして、前記一2(二)のとおり昭和四四年秋頃になつて初めて原告マスに「ク」網膜症の自覚症状らしきものが現われたのであつてみれば、しかも前記一3(二)のとおり「ク」網膜症はごく初期の段階であれば可逆的で「ク」剤投与中止により消失することもありうるとされている事情を勘案すると、第一内科の医師らが昭和四二年三月(すなわち、右昭和四四年秋頃よりも二年半遡及して副作用の甚大さに気付いてしかるべき時期)以降に原告マスに対しキドラの投与を中止するという措置を講じていれば「ク」網膜症の発生という結果を回避することが可能であつたものと解するのが相当である。

(五) 次に、昭和四二年三月当時の症状について検討する。

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

原告マスの症状は慢性腎炎であるとしても、昭和三九年五月頃から尿蛋白がほぼ陰性化し、血圧も正常に近くなつてきて遅くとも昭和三九年末頃から昭和四〇年の初期の段階には欠損治癒期、あるいは安定期に入つた(従つて、その後は、腎炎対症療法用の薬剤を必要としない状態に立ち至つていたともいえる。)。すなわち、昭和四〇年以降も昭和四五年八月までの間に尿蛋白が四回陽性((+))になつたり、血圧が九回位高くなつたり((上が一五〇ないし一七〇、下が九〇ないし一一〇))、浮腫が二回出現((+))したことがあつたが、これは原告マスの性別、年令等を考慮すると異常なものではなかつた。

しかるに前記一1の事実並びに証人河野智之の証言及び弁論の全趣旨によると、原告マスの治療にあつた第一内科の医師らはキドラについて前記(一)の予見義務を履行することを怠つたためキドラなどの「ク」剤が長期間にわたり大量投与されると重篤な眼障害(「ク」網膜症)を惹起する可能性のある医薬品であることに気付かず、昭和四二年三月頃の時点において、原告マスが昭和三八年一〇月二三日からキドラなどの「ク」剤を一日三〇〇ないし六〇〇ミリグラム投与されていることを診療録により知りながら、以後も市大病院眼科からキドラ投与中止の勧告を受けた昭和四五年二月までその投与を継続した結果、結局原告マスは約六年三か月の長期にわたり総量約七八〇グラムという大量のキドラの服用を継続して、「ク」網膜症に罹患し、前記一2(二)のような重篤な眼障害の被害を被つたものであることが認められる。

従つて、原告マスの担当医として昭和四二年三月頃以降もキドラの投与を継続した第一内科の医師らは医薬品投与にあたり要求される注意義務を怠つた過失があつたものというべきであり、不法行為責任を負わなければならないというべきである。しかし被告福島個人としては、右時期、原告マスの治療を担当していなかつたことは前記のとおりであるから、右のような不法行為責任はないというべきである。

被告らは、「医師は医薬品の製造許可などについての薬務行政を全面的に信頼しており、右許可のあつた医薬品に本件の如き重篤な副作用があるとは全く予想しえないところ、「ク」剤使用上の注意に関する行政当局の通知が医師に到達したのは昭和四五年二月以降であつた。また製薬企業の作成する医薬品の能書には薬事法上の規制があるから医師は能書の記載を信頼しているところ、キドラの能書にその副作用として「ク」網膜症が発現するとの記載がなされた昭和四五年三月であつた。従つて、医師は同年二月頃までキドラにそのような副作用が発現することは予見できず、第一内科の医師らが同月まで原告マスに対しキドラを投与したことには過失はない。」旨主張する。

ところで右主張の如く、「薬務行政を全面的に信頼していた。」というのであれば、昭和四二年三月における劇薬指定の件についても、当然了知して信頼し、「ク」剤投与の危険に気付くべきことになるにもかかわらず、「右指定の件は当時『不知』であつた。」というのでは、既にこの点において矛盾しており、第一内科の担当医師側の過失というべき関係になる。仮に「劇薬指定の件について市大病院が重大視せず、第一内科の担当医師まで伝達しなかつた。」というのであれば、証人丸茂文昭の証言(大学病院における医師の執務態度)を斟酌すれば、むしろ劇薬指定される位の件については、指定される前に、既に市大病院における第一線の担当医師の知識として吸収されているべきであるからこそ軽く扱つていたといわれても致し方がないこととなる。

いずれにせよ、医師は、医薬品投与などの手段を用いて生体に対する侵襲を行なうことを業務とするものであり、かつ国からその資格を付与されたものであるから、過去の知識・経験を墨守したり受働的な情報で満足することなく、自ら諸多の情報を収集し、これを適切な診断ないし治療に反映すべきものであり、とりわけ内科医にあつては薬物療法が治療の大きな比重を占め、あるいは治療の中心となつているものであるから、医薬品に関する情報により大きな関心を持つべきである。また証人丸茂文昭の証言によると製薬企業は昭和四五年頃まで、能書に効果、効能については詳細に記載するが、副作用、禁忌性については自ら確定的と認識したもの以外は記載しなかつたこと、医師(少なくとも大学病院勤務の医師)はそのことを知つていたことが認められるから、医師において能書を鵜呑みにするということは許されるべきものではなく、前記主張には左袒し難いものである。

被告らは、「第一内科の医師らにより投与されたキドラにより原告マスが「ク」網膜症に罹患したとしても、原告マスの慢性腎炎はキドラを投与しなければ治癒せず、遂には慢性腎不全により死に至る危険性を有するものであつたから、第一内科の医師らのキドラ投与行為には違法性がない。」旨主張するが、被告らの右主張は昭和四二年三月頃以降も原告マスに対する薬物療法の必要があつたことを前提とするものであるところ、昭和三九年末頃から昭和四〇年初期において、「ク」剤投与の必要がなかつたことは前説示のとおりであるし、遅くとも昭和四二年三月頃以降においても「ク」剤投与の必要があつたという立証がないというべき本件において、右主張も失当である。

2  原告らは、被告福島個人も不法行為責任があるとして、「横浜市立大学医学部教授として第一内科部長の地位にある被告福島は、第一内科所属の医師の具体的な治療行為につき指揮監督する義務があるから、医薬品の副作用情報を調査し、第一内科の患者(入院患者だけでなく外来患者も含む。)の診療にあたる医師にこれを周知徹底させ、副作用について警告を与え、第一内科の医師のなす医薬品の投与という治療行為により患者に回復不能・重篤な被害が発生しないような措置を講じる注意義務があり、あるいは、第一内科の医師に対し被告市に代つて監督すべき地位にあるから投薬医師のなした行為につき代理監督者としての責任を負うものである。」旨主張する。

しかしながら、医師は、医師国家試験(臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して医師として具有すべき知識及び技術について行なわれる((医師法九条)))に合格し、厚生大臣の免許を受けた者(同法二条)であり、一方、同法二〇条により自ら診察しないで治療をしたり、診断書もしくは処方箋を交付することを禁止されているのであるから、患者の診療を担当していない医師が担当医の治療行為につき指揮監督することは許されないものと解するのが相当であり、この理は大学病院の部長たる医師とそれ以外の医師との間においても同断であるというべきである。従つて、市大病院規則九条二項によれば、診療科の部長の職務権限として、「病院長の命を受け所管の業務を処理し、所属職員を指揮監督する。」と規定しているが、これは、各担当医師の個別的・具体的な診療行為につき指揮監督する権限・義務まで定めたものと解することはできない。また市大病院のような大学病院にあつては患者の担当医がしばしば交替したり、医師の免許取得後間もないものが担当医となることがあるが、そのような医師であつても平均的な大学病院医師が継続して診療する場合の注意義務が課せられており、しかも最終的には使用者たる大学病院設置者がその責任を負うことによつて患者は法的に保護されているのであつて、前記大学病院の事情から直ちに大学病院診療科の部長に構成員たる担当医の診療行為につき指揮監督する義務があるということはできず、またそのような地位にもない。

〈証拠〉によると、昭和三八年から昭和四五年までの間における第一内科の教室員は二〇名ないし三〇名位であり、外来診療を毎週火木土の三日間実施し、その外来患者数は一人の担当医師に引き直して一日当り三〇人位であることが認められるところ、第一内科部長である被告福島が、かかる多数の患者の担当医の個々の診療行為につき指揮監督するということは実際問題として不可能であつて、法がそのようなことを要求しているとは解し難いものである。その他、特段の事情が認められない本件においては、原告らの前記主張は理由のないものというべきである。

もつとも、被告福島本人尋問の結果によれば、第一内科では週に一度いわゆる教授回診なるものが行なわれていたことが認められるところ、「原告マスに、キドラの投与が開始された後の昭和三八年一〇月二五日の教授回診の時には、被告福島は担当の河野医師が原告マスにキドラを投与していることを知つたが、これを認容した。」旨被告らの自認するところであり、〈証拠〉によれば、同年一一月一日と同月八目にも当時入院中の原告マスに対し右同様回診のなされたことが認められ、被告らの右自認するところに照らすと、これら回診の際にもキドラ投与を容認していたことが推認されるところであるが、当時としてはキドラにつき「ク」網膜症の如き眼障害を発現せしめる副作用の存することを予見し難かつたことは前説示のとおりであり、また退院後原告マスにキドラが投与されたのはその時々の外来担当医が当時の判断に基づき投与を決めたものであつて、被告福島がキドラ投与を前記のとおり容認したことに基づくものとはいいがたいから、結局本件においては被告福島に不法行為責任を帰属せしめることはできないというべきである。

3  以上によれば、被告市についてのみ、市大病院第一内科の医師らが前説示のとおり原告マスに対し「ク」剤を投与したことに基づく後記損害を、その使用者として民法七一五条により賠償すべき責任を負うこととなる。

三原告らの損害

1  原告マスの逸失利益

……計金一、六五五万円

前記一2(二)認定の原告マスの眼症状の程度や推移及び同(三)の身体障害者手帳の交付に関する事実を総合すると、原告マス(大正一二年四月二六日生)の労働能力喪失割合は、満四八歳から四九歳までの二か年間が八〇パーセント、その後の一五年間が一〇〇パーセントとして、主婦として稼働できるであろう満六五歳までの一七年間の逸失利益を、いわゆる賃金センサスによる「全産業常傭労働者女子平均賃金(学歴計)」(但し、この計数は、当裁判所に顕著である。)により肯認するのを相当とする。そして右当初の二年分の逸失利益は昭和四八年の右賃金センサスの年間平均賃金八七万一、八〇〇円(内訳、月額五万八、九〇〇円、年間賞与など一六万五、〇〇〇円)を基準として、その八〇パーセントの二年分は一三九万四、八八〇円となる。次の一五年分の逸失利益は昭和五一年の賃金センサスによる年間平均賃金一三七万九、九〇〇円(内訳、月額九万二、七〇〇円と、年間賞与など二六万七、五〇〇円)を基準とし、現価をホフマン式計算法(ホフマン係数は、一五年間分が10.9808)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、一、五一五万二、四〇五円となる。以上一七年分の逸失利益は計一、六五五万円(万円未満四捨五入)となる(専ら家事に従事する女子であつても、第三者の不法行為により労働能力を喪失したときは右家事労働による財産上の利益を喪失したというべきものであつて、これによる逸失利益を請求しうることは疑がない。―最判昭和四九年七月一九日民集二八巻五号八七二頁参照―)。

なお、被告市は、「身体障害年金やその他の福祉手当により原告マスの逸失利益は填補されている。」と主張するところ、原告マスが前記のとおり身体障害者手帳の交付を受け、身体障害年金を受領してきていることは当事者間に争いがなく、さらに被告ら主張のその他の福祉手当を受領したこと及びこれら年金、手当を今後も終生受領しうる見込であることは弁論の全趣旨により明らかであるが、これら給付は被告市の不法行為を原因として原告マスが得た利益に当らず、身体障害者扶助の趣旨から法律の規定により右原告になされるものであるから、後記の如く慰藉料・付添費用の額の算定にあたり、これを斟酌するのは格別として、損害に対する填補として損害額から控除すべき性質のものではないと解するのが相当である。

2  原告らの慰藉料

……計金二、〇〇〇万円

〈中略〉

原告マスに対する慰藉料として一、五〇〇万円が相当であり、原告信治、同寛正について〈中略〉は各二五〇万円をもつて相当と認める。

3  付添費用……金一、六四五万円

〈中略〉

4  弁護士費用……計五六〇万円

〈中略〉

四結論〈省略〉

(龍前三郎 坂主勉 山口博)

別表 (一)  国外医学論文一覧表

番号

発表年度

(昭和・年)

掲載誌

著者名

(複数の場合は

最初の一人のみ)

標題

書証番号

1

23

The Journal Of Clinical Investigation 27巻3号

RW. BERLINER

マラリアの化学療法に関する研究―VI. アミノキノリン誘導体の生理学的性質,抗マラリア効果及びその毒性

甲100―1

2

The Journal Of Clinical Investigation 27巻3号

A.S. ALVING

クロロキンの慢性

毒性に関する研究

甲100―2

3

28

The Journal Of The Am-erican Medical Associa-tion 152巻15号

L. GOLDMAN

円盤状紅斑性狼瘡のリン酸クロロキン治療

甲128

4

32

THE AMERICAN

JOURNAL OF TROPI-CAL MEDICINE AND HYGIENE 6巻

L. GOLDMAN

種々の皮膚疾患治療中に観察されたクロロキン作用

甲101―1

5

A.M.A. ARCHIVES OF OPHTHALMOLOGY

57巻

A. CAMBIAGGI

全身性エリテマトーデスの一症例でのめずらしい眼障害

甲101―2

6

33

THE LANCET 1巻

H.E. HOBBS

クロロキン治療の眼合併症

甲102―1

7

A.M.A. ARCHIVES OF OPHTHALMOLOGY

60巻1号

L.L. CALKINS

クロロキン(アラーレン)治療中にみられた角膜上皮の変化

甲102―2

8

THE JOURNAL OF

THE AMERICAN Medi-cal Association 168巻17号

R.W. Zeller

燐酸クロロキン(アラーレン)治療の角膜合併症

甲102―3

9

34

A.M.A. ARCHIVES OF DERMATOLOGY 79巻

T.H.

STERNBERG

円盤状紅斑性狼瘡:クロロキンによる両側性黄斑部変性

甲103―1

10

A.M.A. ARCHIVES OF DERMATOLOGY 80巻

H.E. HOBBS

抗マラリア剤による視力異常,特にクロロキン角膜症について

甲103―2

11

34

THE LANCET 2巻

H.E. HOBBS

クロロキン治療による網膜症

甲103―3

12

THE LANCET 2巻

H. FULD

クロロキン治療による網膜症

甲103―4

13

36

BRITISH JOURNAL OF OPHTHALMOLOGY

45巻

H.E. HOBBS

クロロキン治療後にみられた眼障害

甲104―1

14

THE MEDICAL

JOURNAL OF

AUSTRALIA 1巻20号

C.J. WALTER

クロロキン治療による網膜症

甲104―2

15

ARCHIVES OF

DERMATOLOGY 83巻

D.J.A.

REBELLO

抗マラリア剤の眼作用

甲104―3

16

The American Journal Of Medicine 31巻

R.D.

RICHARDS

リン酸クロロキン治療にともなう網膜症

甲104―4

17

ARCHIVES OF OPHT-HALMOLOGY 66巻

R.J.

ELLSWORTH

クロロキン(アラーレン)による網膜損傷

甲104―5

18

BRITISH JOURNAL OF OPHTHALMOLOGY

45巻

W. WI LSON

クロロキン治療による網膜症

甲104―6

19

37

THE CANADIAN ME-DICAL ASSOCIATION

JOURNAL 86巻

H. REED

クロロキン治療による中心暗点

甲105―1

20

Arthritis and

Rheumatism 5巻

D.D. SACHS

リン酸クロロキンの慢性投与により発生した脈絡・網膜症

甲105―2

21

37

Arthritis and

Rheumatism 5巻

P. HENKIND

抗マラリア剤治療患者にみられた眼所見

甲105―3

22

AMERICAN JOURNAL OF OPHTHALMOLO-GY 53巻

W. MAYER

クロロキン網膜症

甲105―4

23

BRITISH MEDICAL

JOURNAL 1巻

J.N. ORMROD

クロロキンによる網膜損傷の2症例

甲105―5

24

THE LANCET 1巻

G.B. ARDEN

クロロキン網膜症の予見

甲105―6

25

Ophthalmologica 144巻

L.M.A.A.

JANSEN

ニバキン治療による網膜症

甲105―7

26

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY 68巻

J.L. SMITH

クロロキン黄斑部変性

甲105―8

27

The Mew England Jour-nal Of Medicine 266巻

L.R.

SATALINE

クロロキン長期投与後にみられた視力障害

甲105―9

28

AMERICAN JOURNAL OF OPHTHALMOLO-GY 54巻

R. PENNER

クロロキン治療に伴う両側性黄斑部変性

甲105―10

29

38

INVESTIGATIVE

OPHTHALMOLOGY

2巻4号

H.

BERNSTEIN

クロロキンの視覚組織への沈着

甲106―1

30

New York State Journal of Medicine

E.H. MANDEL

クロロキンとヒドロキシクロロキンの副作用―生体内比較研究の結果

甲106―2

31

JAMA THE JOURNAL OF THE AMERICAN MEDICAL

ASSOCIATION 184巻

クロロキン網膜症

甲106―3

32

The New England

Journal of Medicine 269巻9号

P. HENKIND

合成抗マラリア剤による治療患者の眼の異常

甲106―4

33

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY 70巻

M. RUBIN

クロロキンの薬学的研究―クロロキン網膜症治療への勧告

甲106―5

34

ARCHIVES OF

DERMATOLOGY 88巻

D.

TUFFANELL

抗マラリア剤による色素沈着―眼障害に対するその関連性

甲106―6

35

ACTA OPHTHALMO-LOGICA 41巻

P. ALGVERE

クロロキン治療における網膜損傷

甲106―7

36

ACTA

OPHTHALMOLOGICA 41巻

V. ELENIUS

クロロキン治療を受けている被検者の網膜機能に関する眼球電位図(EOG)並びに網膜電位図(ERG)による評価

甲106―8

37

ACTA

RHEUMATOLOGICA

SCANDINAVICA

K. SANDVIG

クロロキン治療中の角膜の変化―クロロキン治療を受けた慢性リウマチ様関節炎患者70人についての調査

甲106―9

38

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY 70巻

P. GOURAS

クロロキン網膜症とその他の網膜症のEOG

甲106―10

39

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY 69巻

E. OKUN

クロロキン網膜症―ERG及び暗順応所見を有する8症例の報告

甲132

40

39

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY 71巻

D.H.

WETTERHOLM

クロロキン網膜毒性の組織病理学

甲130―1

41

39

TRANSACTIONS

AMERICAN ACADE-

MY OF OPHTHALMO-LOGY and

OTOLARYNGOLOGY 68巻

R.H.

MONAHAN

眼におけるクロロキンの病理

甲130―2

42

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLGY

71巻2号

P. HENKIND

早期クロロキン網膜症―臨床的機能的所見

甲130―3

43

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY

71巻2号

H.N.

BERNSTEIN

クロロキン網膜症の病理

甲130―4

44

AMERICAN JOURNAL

OF OPHTHALMO-

LOGY 57巻

B. ZIV

クロロキン治療患者における矛盾した所見

甲130―5

45

THE LANCET 1巻

クロロキンと眼

甲130―6

46

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY

71巻4号

D.G.

McCONNELL

実験的クロロキン網膜症についての観察

甲130―7

47

Arthritis and

Rheumatism 7巻

F.J.

WEINSTOCK

クロロキンによる眼毒性―網膜症の早期診断と可逆性

甲130―8

48

THE LANCET

1964-6-20号

P.W.M.

COPEMAN

クロロキン網膜症に関するスクリーニングテスト

甲130―9

49

THE LANCET

1964-8-29号

S.J. CREWS

初期回復を伴うクロロキン網膜症

甲130―10

50

Proceedings of the

Royal Society of

Medicine 57巻

G.D

KERSLEY

関節炎における抗マラリア療法の価値と危険性,特に眼合併症について

甲130―11

51

Ophthalmologica

148巻

W.P.M.A.

LAMERS

ニバキン長期治療に起因する網膜症

甲130―12

52

ARCHIVES OF

OTOLARYNGOLOGY

80巻

C.W. HART

リン酸クロロキンの聴力毒性について

甲130―13

53

ANNALS OF INTER-

NAL MEDICINE 61巻

N.O.

ROTHERMICH

クロロキンは破局をもたらすか?

甲130―14

54

AMERICAN

JOURNAL OF

OPHTHALMOLOGY

58巻

R.A. NOZIK

クロロキンの眼合併症―網膜症の初期検出のための簡単な方法によったある症例群とその症例提起

甲130―15

55

Ophthalmologica

J. FRANCOIS

実験的クロロキン網膜症

甲130―16

56

40

THE AMERICAN

JOURNAL OF THE

MEDICAL SCIENCES

249巻

C.L. GILES

クロロキン治療の眼毒性

甲131―1

57

THE CANADIAN

MEDICAL

ASSOCIATION 92巻1号

L.A. LLOYD

クロロキン治療の眼合併症

甲131―2

58

ARCHIVES OF

OPHTHALMOLOGY

73巻

W.

MEIER-RUGE

クロロキン網膜症の形態発生に関する実験的研究

甲131―3

59

Ophthalmologica

149巻3号

I.BUTLER

クロロキン及びクロロキン類似薬使用後の網膜症

甲131―4

60

Dermatologica

130巻

J.H. KRAAK

慢性円盤状紅斑性狼瘡の治療におけるヒドロキシクロロキン(プラキニル)の評価―二重盲検法

甲131―5

61

40

California Medicine

103巻1号

E. TAMLER

クロロキン療法の眼科的合併

甲131―6

62

JAMA

193巻3号

A.J.D. DALE

家兎におけるクロロキン網膜症の研究

甲131―7

63

AMERICAN

JOURNAL OF

OPHTHALMOLOGY

60巻

J. FRANCOIS

実験的クロロキン角膜症

甲131―8

別表

(二)

国内医学論文等一覧表

番号

発表年度

(昭和・年)

掲載誌

著者名

(複数の場合は最初の一名のみ)

標題

書証番号

1

37

眼科臨床医報

56巻10号

中野彊

Chloroquineuine Retinopathyの一例について

甲2

2

56巻11号

米村大蔵

レゾヒンのERGに及ぼす影響

甲31

3

38

57巻6号

中野彊

Chloroquine Retinopathyの一例について

甲32

甲118

4

57巻6号

永田誠

Resochinによる網膜障碍

甲33

5

57巻8号

金子和正

クロロキンによる角膜障碍の一例

甲16

6

57巻10号

甲34

7

57巻11号

甲35

8

臨床眼科

17巻3号

大木寿子

クロロキン使用によって起ったと思われる眼症状について

甲18

9

精神神経学雑誌 65巻

島薗安雄

燐酸Chloroquine及びthioridaziue使用時における網膜電図

甲17

10

39

眼科臨床医報

58巻2号

新津重章

角膜クロロキン沈着症の二例

甲36

11

58巻8号

田中留志男

クロロキン製剤(Kidola)によると思われる角膜障碍の一例

甲37

12

58巻12号

大矢徳治

Chloroquine toxicityの一例

甲38

13

日本眼科紀要

15巻11号

倉知与志

クロロキン網膜症

甲20

14

眼科

6巻12号

庄司義治

キドラ(オロチン酸クロロキン)による眼障害

甲39

15

防衛衛生

11巻3号

緒方鐘

クロロキンにより発生したと思われる網膜症の一症例

甲19

16

内科

14巻7号

加藤洋

薬物療法によって起こる神経・筋障害

甲161

17

40

日本内科学会雑誌

54巻3号

岡大平木内科

木村郁郎

気管支喘息におけるクロロキン療法の長期観察について

甲22

18

54巻3号

中電病院内科

同眼科

三谷登

燐酸クロロキン長期使用患者に発生した網膜障害の一症例

甲22

19

眼科臨床医報

59巻3号23頁

武尾喜久代

高度の視野狭窄を来たしたクロロキン網膜症の一症例

甲21

20

40

59巻3号27頁

徳田久弥

クロロキン網膜症の一例について

甲40

21

59巻3号31頁

田中留志男

クロロキンによる角膜障害の一例

甲41

22

59巻3号33頁

岡村良一

クロロキンによる角膜障害

甲42

23

59巻3号75頁

松野千枝子

クロロキン網膜症の一症例について

甲43

24

42

61巻4号

佐伯譲

クロロキン網膜症の二例

甲44

25

40

59巻5号

米村大蔵

クロロキンのERGに及ぼす影響

甲45

26

59巻9号

井上治郎

クロロキン眼障害の統計的観察

その1. 角膜障害について

甲46

27

59巻9号

米村大蔵

クロロキン網膜症

甲47

28

59巻9号

田中留志男

キドラによると思われる角膜障害の一例

甲48

29

眼科臨床医報

59巻10号

武尾喜久代

高度の視野狭窄を来たしたChloro-quine Retinopathyの一例

甲49

30

59巻10号

米村大蔵

クロロキン網膜症

甲50

31

診断と治療

53巻1号

杉山尚

リウマチの薬物療法

甲51

32

41

リウマチ

6巻3号

間得之

慢性関節リウマチの薬物療法について

甲52

33

6巻3号

木村千仭

杉山尚

クロロキン剤と眼症状

クロロキン療法による眼障害

甲53

34

広島医学

19巻4号

R.J. MILLER

クロロキンによる網膜症および角膜症―症例報告

甲54

35

19巻5号

三谷登

燐酸クロロキン長期使用患者に発生した網膜障害について

甲55

36

眼科臨床医報

60巻1号

岡村良一

クロロキンによる角膜障害

甲56

37

60巻1号

徳田久弥

クロロキン網膜症の一例について

甲57

38

60巻2号

井上治郎

クロロキン眼障害の統計的観察

甲58

39

60巻2号

門林山重郎

Chloroquine Retinopathyの一例

甲59

40

60巻4号

甲60

41

60巻5号

井上治郎

クロロキン眼障害の統計的観察

その2. 網膜障害について

甲61

42

60巻6号

細川裕

クロロキン網膜症の一例

甲62

43

60巻6号

徳田久弥

クロロキンによる眼障害

甲63

44

60巻10号

那須欽爾

甲64

45

41

日本内科学会雑誌

55巻2号

杉山尚

Chloroquine療法における眼副作用

甲23

46

整形外科

17巻6号

木村千仭

クロロキンと眼障害

甲65

47

日本眼科紀要

17巻2号

三根享

キドラ(オロチン酸クロロキン)内服の眼科的副作用について

甲66

48

皮膚科の臨床

8巻6号

茂木劼

クロロキン製剤による眼障害

甲67

49

42

内科

19巻6号

木下康民

腎炎―Ⅱ腎炎,とくに亜慢性腎炎に対する薬物療法

甲147

50

最新医学

22巻10号

杉山尚

リウマチ性疾患におけるChloroqu-ine療法の基礎的並びに

臨床的研究(第2報)Chloroquineの眼障害について

甲68

51

日常臨床の医原病

永山徳郎

医原病性腎疾患―落し穴,クロロキンの長期使用者の

眼科的検査を行なわないあやまり

甲153

52

眼科臨床医報

61巻1号

森信隆吉

クロロキン網膜症の一例

甲69

53

61巻4号

佐伯譲

クロロキン網膜症の二例

甲70

54

61巻4号

松井弘治

クロロキン網膜症の三例

甲71

55

61巻4号

高野紀子

クロロキン眼障害例

甲72

56

61巻7号

鈴木光雄

クロロキンによる角膜障害

甲73

57

43

信州医学雑誌

17巻1号

山岸久夫

クロロキン眼障害後遺症の一例

甲74

58

日本臨床

26巻7号

奥田観士

クロロキン角膜症の電子顕微鏡所見

甲75

59

日本内科学会雑誌

57巻6号

田中教英

クロロキンによる眼障害の一例

甲76

60

日本眼科紀要

19巻5号

奥田観士

クロロキン角膜症の電子顕微鏡的観察

甲77

61

19巻10号

山岸久夫

クロロキン網膜障害の一例

甲78

62

眼科臨床医報

62巻3号

高橋茂樹

クロロキン網膜症の一例

甲79

63

62巻9号

クロロキン網膜症と思われる一例

甲80

64

臨床眼科

22巻6号

荒木保子

クロロキン網膜症と思われる一症例

甲81

65

22巻6号

奥田観士

クロロキン角膜症の電子顕微鏡的観察

甲82

66

22巻10号

那須欽爾

実験的クロロキン網膜症

甲83

67

22巻11号

菅原憲

クロロキン網膜症

甲84

68

日本医事新報

No.2327

桐沢長徳

眼科領域における主なる医原性疾患

甲85

69

44

東京女子医科大学雑誌

39巻102号

内田幸男

“各科領域における医原性疾患”

眼科領域の医原性疾患―クロロキンおよびエサンブトールの眼障害について―

甲86

70

日本眼科学会雑誌

73巻9号

那須欽爾

薬物による網膜変性の研究

第1報 実験的クロロキン網膜症の初期変化について

甲87

71

臨床皮膚科

23巻2号

石原勝

クロロキン療法の現状―とくに適応症,副作用並びに作用機序について

甲88

72

臨床神経学

9巻10号

池田久男

クロロキン網膜症の一症例

甲89

73

横浜医学

20巻1号

河田睦子

クロロキン角膜症の数例

甲90

74

眼科臨床医報

63巻1号

菅原憲

工藤高道

クロロキン網膜症について

クロロキン角膜症

甲91

75

63巻3号

那須欽爾

クロロキン網膜症の症例について

甲92

76

63巻3号

甲93

77

63巻4号

武富研吾

クロロキンによる眼障害について

甲94

78

63巻5号

難波克彦

クロロキン網膜症の三例について

甲95

79

63巻7号

高瀬正彌

クロロキン網膜症

甲96

80

45

通信医学

22巻2号

大庭紀雄

クロロキン網膜症の一例

甲97

別表

(三)

(第一内科の通院中の投与)

通院年月日

薬品名

一日投与量(mg)

投与期間(日)

総投与量(mg)

S 39.1.9

キドラ

300

7

2100

16

21

5

1500

28

7

2100

2.4

11

18

27

14

4200

3.10

21

7

2100

31

14

4200

4.25

600

8400

5.11

18

8.31

9.14

28

10.12

29

11.12

S 39.11.26

キドラ

600

14

8400

12.10

24

S 40.1.11

26

2.9

25

3.11

30

4.13

7

4200

27

14

8400

5.8

6.1

15

300

4200

26

7.13

27

8.7

28

9.14

S 41.3.15

600

8400

4.5

5.9

17

20

6.23

7.16

CQC

300

4200

8.23

9.6

キドラ

600

8400

10.4

11

27

11.24

12.15

12.22

S 42.1.10

2.4

7

3.4

23

4.11

28

5.16

6.1

15

29

7.20

8.3

24

9.9

10.12

11.2

S 42.12.19

キドラ

600

14

8400

S 43.1.11

25

2.22

27

3.30

6.18

7.27

8.13

9.26

10.29

12.12

S 44.1.23

2.15

27

3.29

4.8

5.31

7.8

8.7

9.16

30

10.14

11.6

11.25

12.16

21

12600

S 45.1.13

14

8400

Kidora   721.8g  CQC   8.4g

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